デコヒーレンスとは、量子系が外部環境と相互作用することによって、量子的な重ね合わせの状態が失われ、古典的な状態に移行する過程のことを指します。量子コンピューターや量子通信などの量子技術においては、デコヒーレンスは大きな問題となります。
量子系は、原子や電子などの微小な粒子が持つ性質であり、量子力学の法則に従います。量子の世界では、粒子は特定の状態に限定されず、複数の可能性を同時に持つことができる「重ね合わせ」という状態にあります。例えば、量子ビット(クビット)は0と1の状態を同時に持つことができます。
しかし、量子系が外部環境と相互作用すると、その環境の影響を受けて量子的な特性が失われ、デコヒーレンスが発生します。このとき、量子系は環境に情報を漏らし、重ね合わせの状態が崩れて、一つの古典的な状態に落ち着きます。これにより、量子計算などで期待される並列計算の能力が失われるため、デコヒーレンスは量子情報技術にとって大きな障害となります。
デコヒーレンスが起こる主な原因には、温度、電磁場、物質との衝突などがあります。これらの環境因子は量子系にランダムな影響を与え、量子的な相関関係を破壊します。特に、量子コンピューターにおいては、クビット間の正確な量子的な相互作用を維持することが非常に重要ですが、デコヒーレンスによってその相互作用が乱されると、計算エラーが発生しやすくなります。
デコヒーレンスを抑制するためには、量子系を外部環境から隔離することが一つの解決策です。たとえば、超低温環境で実験を行う、電磁シールドを施す、真空中での操作を行うなどがあります。また、量子エラー訂正という手法を用いて、デコヒーレンスによるエラーを検出し、修正することも研究されています。
さらに、デコヒーレンス自体を利用する研究も進められています。例えば、量子系が環境との相互作用によってどのように古典的な振る舞いになるかを理解することは、量子から古典への遷移を記述する量子デコヒーレンス理論の基礎となります。この理論は、量子計算だけでなく、量子測定や量子暗号などの分野にも応用される可能性があります。
デコヒーレンスは、量子コンピューターや量子通信などの実用化に向けた技術開発において、重要な障害であると同時に、量子と古典の境界を理解する上での重要な研究対象です。このため、デコヒーレンスを抑制し、制御する技術の開発は、量子情報技術の進展にとって不可欠な要素となっています。